dグレ | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


▼ 咎落ち編2

「伏せてください、なまえ、ラビ」

「は?」

「えっ?」

何を言われているのかわからず突っ立っていると、イノセンスを発動させたアレンくんが、わたしとラビすれすれの場所を突然撃ち始める。アレンくんの攻撃でふわりと浮いたわたしの髪に、ひえっと情けない声が漏れた。なに、なになに。アレンくんは周囲にいるAKUMAを寸分違わず撃ち抜いているようだが、AKUMAの位置がわからないわたしからしたら堪ったものではない。普通に流れ弾で死ぬ。必死に身を屈めていると、最後にはラビの火判で付近のAKUMAが片付いたらしい。

「もぉーイヤさっお前怖ぇ!!アクマよりお前が怖ぇっ!!」

「えっ?どうしてですかラビ」

普通に話してたのにいきなり撃ちだすアレンくんにラビが全力でクレームを入れているが、アレンくんは少しでも被害を減らそうとしているらしく、どちらも一歩も譲る気配がなく言い合っている。

「なまえだって怯えてんだろ!ほれ見ろ!いつもの倍くらい縮こまってるさ!」

「そんなことないですよね!無事にアクマも倒せましたし!」

「いやもうどっちも怖いよ…さらに言えば街中で火柱出しちゃうラビも怖い…」

巻き込まないで欲しいのだがラビのせいで激しい言い合いの中に引きずり込まれてしまった。ヤイヤイガミガミ言っているふたりの間でなんとか抜け出して離れたところでお茶を飲んでいるブックマンのところに避難しようと試みるが、ちょくちょくわたしに話が飛んできて引き戻されてしまう。もうどっちでもいいから落ち着いてほしい。はぁ、とため息を吐くと、突然頭上からどいてっ、とリナリーの声が聞こえて、反応できずにいるとアレンくんに腕を引かれて尻もちをついた。今の今までわたしたちがいたところはリナリーが華麗な着地を決めて小さなクレーターが出来ている。リ、リナリーが一番怖い。

「?何してるの3人とも」

アレンくんとラビとわたしの3人が揃って尻もちをついていることにリナリーは不思議そうに首を傾げている。うっかり死ぬところだったわたしたちは絶句である。わたしたちを置いてイノセンスで空中散歩をしてきたリナリーはしっかりと太った猫を抱えていて、その猫の口からティムキャンピーの羽が見え隠れしている。よほど美味しそうに見えるのか、この任務が始まってから、ティムキャンピーはもう何度も食べられかけていた。クロス元帥の居場所がわかるのはティムキャンピーしかいないので、みんな必死である。ティムキャンピーの指し示すまま中国大陸に入ってもう四日。一向にクロス元帥の手掛かりを掴めないままで、わたしとしてはティムキャンピー実はクロス元帥の場所知らない疑惑が浮上し始めていた。クロウリーはもしかして既に殺されてるのではないか、と言っているが、一番クロス元帥のことをよく知っているアレンくんが絶対死んでないと言っているので大丈夫だろう。きっとわたしが死ぬ方が早い。その時、リナリーが何かに気づいたように慌ててアレンくんの左手を取った。

「ちょっと左腕見せてアレンくん」

「あっ」

リナリーが手を引いたことによって露出された部分が、ボロボロと崩れている。やり取りを見ていたラビがうわ、と声を上げ、わたしは驚きすぎて声も出なかった。だって、普通の腕はこんな風に崩れたりしない。いくらイノセンスだからって、こんなの。アレンくんは、ちょっと武器が疲れちゃっただけだから大丈夫だと言っているけれど、そんなのを鵜呑みにできるわけもない。確かに左眼が治ってからいち早くAKUMAに気づくアレンくんは、もともと戦力外のわたしを除いたラビやブックマン、クロウリー、リナリーと比べても倍以上戦っていた。そのせいでこんなになるのなら、わたしもみんながいるから、と甘えてばかりはいられないのかもしれない。

「以前から思ってたんだけど…アレンくんの左腕って…少し脆いよね」

悲痛な顔をしたリナリーにアレンくんが気まずそうに声をかける。誰よりも仲間を大事にしているリナリーだからこそ、アレンくんが心配になっているのだろう。

「……アレンくん、ちょっと休もう?」

「えっ、なまえまで…」

「確かにアレンくんは誰より早くAKUMAに気づけるけど、アレンくん以外にも戦える人がここにはいるんだから、アレンくんばっかり無理することないよ」

泣きそうなリナリーと、泣かした、泣かしたと囃したてる周りを余所にアレンくんの顔をじっと見上げた。なまえは戦わないけどな、と言ってくるラビはこの際無視である。

「アレンくんのことが心配だから、無理しないで」

目をそらさずにそう言うと、アレンくんは恥ずかしそうにうろうろと視線を彷徨わせ、小さな声でわかりました、と了承の返事をした。リナリーも浮かない顔なのは変わらないけれど、納得したらしい。止めたところで、何かあったらアレンくんは自分の身も省みずに突っ込んでっちゃうのも知っているから、気休め程度にしかならないけれど。

 * * *

それからまたクロス元帥捜索を開始したところ、アレンくんが聞き込みをした饅頭屋の主人がクロス元帥を知っていたらしい。中国語がわからないわたしたちの代わりにリナリーが話を聞いたところ、妓楼の女主人に最近できた恋人がクロス元帥らしい。大して関わりがなかったにも関わらず印象に残っているほど女性が大好きなクロス元帥らしい話だった。本当にあのクロス元帥を見つけたことに、みんな信じられない気持ちでわいわいと盛り上がっている中、アレンくんだけが沈み込んでいる。よほどクロス元帥に会いたくないのだろう。

「大丈夫?」

「大丈夫です…見つけてしまったからにはなんとか…乗り越えないと…」

「わたしの後ろにいてくれれば、わたしがイノセンスでアレンくんを守るよ!」

ぐ、とガッツポーズを見せるとアレンくんは苦笑いを溢した。無理しないで、と言ったのは嘘じゃないし、アレンくんが無理しないようにわたしも頑張ろうと思っているのにこの反応。

「むしろなまえが師匠に近づくのは危ないので、僕の後ろにいてください」

「えっわたしクロス元帥とそんなに関わりないよ…?」

「それでもです」

アレンくんが何を心配しているのかはわからないけれど、念を押されてつい頷いてしまう。こういう押しに弱いところも直さなければとは思うのだけれど、人間はそう簡単には変われないようだ。そんな話をしていると、妓楼の用心棒のような人が出てきて、中国語で何かを言いながらアレンくんとラビをそれぞれ片手で持ち上げてしまう。リナリーが中国語で説得を試みるが、その前に、べ、と出された舌に刻まれた十字架を見せたその人が教団のサポーターを名乗り、わたしたちに裏口にまわる用に促した。

「いらっしゃいませエクソシスト様方。ここのお女主人のアニタと申します」

そうして案内された部屋に入ると、艶やかな笑みを浮かべるとても美しい女性がいた。リナリーも綺麗だしかわいいけれど、それとはまた違う大人の魅力を感じて、思わず見惚れてしまう。わたしだけに限らず、ラビはもちろん、リナリーやアレンくんもアニタさんの美貌に身惚れていた。しかしその美しい唇から紡ぎだされる言葉は、わたしたちの期待していたものではなく、クロス元帥が八日ほど前に既に旅立ったというものだった。そして、と続けられた言葉は酷く無情で。到底信じられなくてリナリーが聞き返すと、アニタさんは少し目を伏せて再度口を開く。

「八日前旅立たれたクロス様を乗せた船が海上にて撃沈されたと申したのです」

救援信号を受けた他の船が救助に向かったが、船も人もどこにも見当たらず、そこには不気味な残骸と毒の海が広がっていたそうだ。話を聞く限り、確かにその状況で生存は絶望的だ。こんな遠くまで来たのに、クロス元帥が既に死亡しているなんて。それも、本当に少し前の話だ。後少し、わたしたちが早く辿りついていれば。そんな絶望感に全員の顔が強張る。

「師匠はどこへ向かったんですか」

しかしそんな空気を壊すように、アレンくんの声が静かな部屋の中に響く。

「僕の師匠はそんなことで沈みませんよ」

「…………そう思う?」

アレンくんの言葉にそう静かに微笑んで涙を流したアニタさんが、先程の用心棒のような人、マホジャさんに船を用意するように言いつけた。アニタさんの船で、わたしたちをクロス元帥が向かったところまで送り届けてくれるらしい。

「行き先は日本――――江戸でございます」

それは、もう遠い記憶にしかない、わたしの母国だった。

[ back to top ]